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東京地方裁判所八王子支部 昭和42年(わ)706号 判決 1968年7月22日

被告人 M・K(昭二四・二・三生)

主文

被告人を無期懲役に処する。

理由

(罪となるべき事実)

(一)  被告人は徳島県板野郡○○町に於て、M・D、M・Mの三男に生れ、成長して兵庫県芦屋市で小学校に入学し、四年生の時、父の勤め(○○製鉄工業株式会社千葉工場勤務)の関係で、頭記の住居地の○○小学校に転校し、卒業後、○○○中学校を経て、昭和三九年四月、千葉市内の県立○○工業高等学校に入学したのであるが孤独癖のため親しい良友に恵まれず、忍耐心にも乏しかつたため、母の暖かい激励にも拘らず、小、中学校を通じ成績は常に中以下で、右高校に入学出来たのは、むしろ僥倖とも言うべきであつたから、高校の授業には到底ついて行けず、成績は級の最下位に転落する程で、被告人は、実力以上の成績を期待する父母の落胆と、教師の叱正に常時心落ちつかず、益々劣等感を抱くとともに、勉学の意欲を次第に失い父母の目を盗んでは夜遊びに耽り、不良交遊の途に足を踏み入れるようになつて、遂に昭和四〇年二月、一学年の三学期半ば父母の期待にそむいて自ら進んで高校を中退するに至つた。

しかし徒食するわけには行かず、中学時代に一時アルバイトをしたことのある市内の○元米店の店員となつて働き、次いで○○自動車株式会社に勤める長兄Eのてづるで、昭和四〇年一一月には、右○○の座間工場に住み込んで管材倉庫係として勤め、身を立てるべく真剣に努力するかに見えたが、その間被告人は中学時代の同級生の女性と京都に家出して警察の補導を受け、また右座間工場では、同僚の金を盗んで懲戒解雇を受けるなど、その実、更生の意欲は全く皆無で、被告人の父は思い余つて昭和四一年一二月、再び被告人を手許に呼び戻して自らこれを監督しながら、前示○元米店に再度勤めさせたが、被告人は厳格な父の監視督励に堪え切れず、なおもその目を盗んでは不良の仲間と、バー、喫茶店に出入りして夜遊びに耽り、目算のないその日暮しの生活に明け暮れして、ために父母の怒りを買うことが屡々であつた。

偶々昭和四二年七月中旬、被告人は夜遅くまで酒を飲んで酩酊し、帰りが遅れたことで、父に叱責された上殴打されたことから、無謀にも家出を決意するに至り、それより少し前に喫茶店で知り合つて肉体関係を結んだ許りの○沢○子(当一九年)を誘つて、同月○○日、曾つて前示座間工場時代の同僚で、東京都町田市○○○△丁目△番△△号花柳舞踊研究所「踊りの師匠○沢○○子(当時三六年)所有の家屋」の二部屋(六畳と三畳)を借りている○本○一方に(○本の同僚の米○勲も同居)、「二週間位おいて呉れ」と言葉巧みに○本らを説得し、右家主の○○子には無断で転がり込んで、右三畳間に○子と同棲し、父母には音信不通の儘、一週間に二回、水曜日と金曜日に藤沢市の自宅から右研究所に踊りを教えに通つて来る○○子の目を恐れながら、ここで無為徒食の生活を続けることとなつた。

当時被告人と○子の所持金は合せて僅か一万三千円で早晩生活に窮することは必至であるに拘らず、両名は働く意欲とてなく便便とその日を過していたが、自炊生活を続けたためか約一ヵ月は何とか生活出来たものの、そのうち次第に生活費に追われるようになり、父母に無断で家を出た手前、家の方に無心を言うわけにも行かず、働くにしても先づ二人の住む部屋を探しそこから共稼ぎに出る態勢を整えることが先決で、これには相当額の金を用意しなければならず、二人住み込みで働く店では確たる身元保証人を要求される有様で、被告人は全く困惑し、○本、米○から、はては以前被告人、○子がそれぞれ関係を持つた女性、男性からまで金を借り受け、その約二万七千円の借入金も九月に入るころには、あらかた費い果し、時には一日中食べる物もなく過した日もあつた位で、働き場所が見付かつても、そこまで行く交通費にも事欠く窮状に立ち至つた上に、一方家主の○○子に無断で入居し、同女に対しては、○本を介して、自分は学生で夏休みの間遊びに来ている旨伝えてあるのに学校の夏休みも終りに近づいた今尚、前示の事情のため出て行こうにも行けない実情も知らぬげに、○本、米○までが、そのカメラ、時計をも質に入れて被告人に貸した金の返済方は兎も角、これ以上は迷惑と許り、被告人に心よい態度を示さないようになり、同年九月○日に至るや、○本から「○○子が被告人らの無断入居を怒つており、この儘居据わるのであれば、部屋代を貰つて欲しいといつている。明日は水曜日で踊りの稽古日だから○○子が教えに来る。それまでに出て呉れ」と督保されて、ここに被告人は進退全く谷まり、金さえあればこの窮状を打開出来るのはおろか、金がないために髪のセットや、化粧品も思うに任せず、破れた寝巻をぐちも言わず着て寝る○子の姿を見る辛さからも開放されるものを、と考え、この上は如何なる手段を弄してでも、金を手に入れようとあれこれ思いめぐらした末、明日△日家主の○○子が来た時は、その所持金を窃かに盗るか、それが出来なければ、同女を殺害してでもこれが入手の目的を遂げようと決意するに至つた。

翌九月△日午前、○本、米○が出勤した後、被告人は事を決行するには○子は足手纒いになるので、同女を町田市内の喫茶店プ○ン○に連れ出し、友人から金を借りて来る此所で待てと申し向けて、○子を置いた儘、同日午前一一時すぎ、一人で再び引き返えし、○○子の来るのを心焦りつつ待つうちに、午後一二時二〇分ごろになつて、○○子は一人で表の鍵を開けて踊り場に入り来り、三畳間で何くわぬ顔で、立つている被告人と目を見合わしただけで何も言わずに掃除を始めたのであるが、これを被告人は横目に見ながら機を窺い、同日午後一時ごろ、○○子が掃除を終つて、被告人の前を通り三畳間を経て便所に行つた隙に、好機とばかり、すばやく踊り場に立ち至り、そこに置いてあつた○○子の手提のバッグの中を探して金を盗ろうとしたところ、いち早く、○○子が便所から出て来る気配にバックをその儘にして、慌てて三畳間に引き返し、入手の目的を遂げなかつたので、被告人は最早この上は同女を殺害して金を入手する以外はないと決意を固め、三畳間と六畳間の境の柱の釘に懸つていた皮バンド(証第二号)を両手に握つて後に匿しその柱に寄りかかつて同女を待つうち、同女が用便後、再び踊り場に戻るべく三畳間を通り被告人の前を素通りして一米位行き過ぎた瞬間、被告人は矢庭に両手に持つた皮バンドを同女の背後からその首にかけて後に強く引いて同女を六畳間に引つ摺り込み、仰向けになつて倒れた同女の上に馬乗りとなつて、同所に於てその頃、両手を交錯させて同女の首にかかつた皮バンドを持ち替え、これで同女の頸部を締め上げて窒息せしめ、死亡させてこれが殺害の目的を遂げた上、現金約三万四千円、女物腕時計一個(証第三号。価格約一万四千円相当)等在中の女物花模様入りの前示手提げバック一個を強取し

(二)  右犯行隠蔽の目的を以つて、右○沢○○子の死体を右日時ごろ、右同所勝手場床下に隠匿して遺棄したものである。

(証拠の標目)(編省略)

(罰条)

判示(一)の所為につき 刑法第二四〇条後段

判示(二)の所為につき 刑法第一九〇条

以上は刑法第四五条前段の併合罪であるが

判示(一)の罪につき無期懲役刑を選択するので、刑法第四六条第二項本文により無期懲役刑で処断。 訴訟費用の免除につき刑訴法第一八一条第一項但書

(量刑について)

被告人は健全な中流家庭に生まれ、父母の暖かい庇護の下に成育し、高校にまで進みながら、自らの忍耐心勉学心の欠如のために中途退学して自堕落な生活を送るようになつたもので、これが本件の遠因であり、被告人の父が厳格に過ぎたことと、母の盲愛に一端の責任があることは否めないにしても、結局は被告人の、この自堕落な生活からやがて無軌道な女性関係を生じ、父母の愛情を真に理解出来ない偏狭な性格が禍して、父の愛情の鞭をそれと理解することも出来ない儘、ふとした契機から女とともに深い考えもなく家出し、揚句生活に窮して本件のような残虐な犯行を犯すに至つたことが明らかであつて、年若い被告人にもこれは理解出来るところであろうし、その責の大半は被告人に帰すべきものと言わねばならない。犯行の態様にしても、被害者が被告人にとつて何の関係もない第三者であつたこと、犯行が極めて計画的であつたこと、殺害の方法、犯行後に行なわれた姦淫行為、死体の遺棄隠匿行為など、その他常人には到底理解出来ない数々の所為を綜合すると、被告人の犯情は極めて重い。敷衍すれば被告人が家出したことは、被告人にとつてそれ相当の理由があろうから、それは措くとしても、無軌道にも生活力を考えずに女と行をともにして被害者宅に無断で居据わる無神経さもさることながら、生活に窮するや被告人が迷惑をかけた被害者を殺害して金を奪うという、誠に被害者にとつては痛恨この上ない所業を平然と行い、殺害の計画も邪魔が入らないようにして周到を極め、その方法にしても苦しみもがく被害者の頸部を十分余に亘つて皮バンドで締めつけて息の根を止める残虐さでありさらに殺害直後これを姦淫した破廉恥な所業に至つては最早言うべき言葉もないのであつて、これを強盗強姦殺人に問擬しても差支えない事犯であるとの疑いがあり、死体を床下に投げこんだ後の数々の隠匿処置や、その側で二晩も平然と起居し、そのあと何くわぬ顔で新聞店に住み込む真意の程は到底理解に苦しむところであつて、被告人に対しては極刑を以つて遇しても強ち重きに失するとは言えないのである。

しかし、一面、被告人はまだ若年であつて、その前途は春秋に富み、多少の非行歴はあるにせよ。前科と目すべきものはなく、本件については既に前非を悔い、ひたすら被害者の冥福を祈つて贖罪の日日を送つている等諸般の情状を考慮し所定刑中極刑を捨て特に無期懲役刑を選択したのである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 樋口和博 裁判官 水沢武人 裁判官 伊藤博)

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